ここから本文

境内ご案内

境内ご案内

金生稲荷神社(かねうみいなりじんじゃ)

御祭神 倉稲魂神(うかのみたまのかみ)・大宮能売神(おおみやのめのかみ)

写真:金生稲荷神社天保9年(1838)に創建。現社殿は戦後に建てられた廣田神社社殿を移築して遷座(せんざ)しました。明治期には寺町にあった稲荷神社を合祀し、昭和に入り浪打稲荷神社も合祀されました。社名である“金生”とは創建当時より青森経済の中心地に鎮座し、五穀豊穣・商業発展を常にお近くでお護りいただいたことから、いつしか稲荷さまの御神徳にあやかり“金を生み出す稲荷さま”ということで、このように呼ばれるようになりました。
特別に一日数組限定で金生稲荷神社社殿にて商売繁盛・事業繁栄祈願をすることも出来ます。

八大龍神宮・廣田苑(はちだいりゅうじんぐう)

御祭神 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・弥都波能売神(みづはのめのかみ)
底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)

写真:八大龍神宮・廣田苑(はちだいりゅうじんぐう)天保13年(1842)に創建。現社殿は明治19年(1886)に建てられました。始めは弁財天堂と呼ばれ、いつしか八大龍神宮と呼ばれるようになりました。現在、鎮座する場所は昭和53年に廣田苑として整備され、大小二つの滝にはそれぞれ、雄瀧“龍神の瀧”、雌瀧“護神の瀧”として神社より名前を授けました。古くからこの神池の地下水は黒く、その色から“ヒロタの龍神さまさいけば悩みを吸い取られるで”といわれています。

乃木神社

御祭神 乃木希典命(のぎまれすけのみこと)

写真:乃木神社昭和8年創建。現社殿は昭和34年に外ヶ浜広瀬村(現蓬田村広瀬)の田中吉兵衛氏の氏宅にあった社殿を寄進されたものです。乃木将軍はその生涯より文武両道の神様と伝えられ学業や勝負事の御神徳があるとされています。

二十三夜大神

御祭神 二十三夜(にじゅうさんや)大神(おおかみ)・猿田彦神(かさるたひこのかみ)

写真:二十三夜大神月待ち信仰に由来するもので月をご神体としていました。現在の場所には正保~文政年間(1645~1829)頃に建てられた石碑が列を並べています。また猿田彦神などを祀る、庚申塚(こうしんづか)とも習合(しゅうごう)されました。近年まで当社では二十三夜講が組織され、月との関係が深いといわれる女性だけで集まり、二十三夜を拝みながら飲食を交わし信仰を深めていました。そのため安産や子授けなどの御神徳があるとされています。

境内各所

手水舎

写真:手水舎

実方桜

写真:実方桜御祭神である藤原実方公の代表的な一句「桜狩雨は降りきぬ おなじくは濡るとも 花の影に隠れむ」をもとに恒久平和を願い植樹。現在はお参りした後に桜の前で祈願し、翌日雨が降ると幸せを呼ぶといわれる御神木となっています。

庖刀碑

写真:庖刀碑平成8年3月18日建立 使用出来なくなった庖丁などを埋葬して慰霊するために青森清庖会が中心となり建立。以来、毎年4月中旬に庖丁に感謝を捧げ慰霊する庖刀碑慰霊祭並び料理の神様にこれからの料理向上と安全を祈願する四條公祭が執り行われています。

十二支開運燈籠

写真:十二支開運燈籠燈籠の周りに十二支を配し、自分の生まれ年である干支を撫でると開運招福のご利益があるとされています。

御鎮座一千年記念碑

写真:御鎮座一千年記念碑平成8年に御鎮座一千年を記念し、これからも永く御神徳が発揚されるようとの願いにより建立。

御鎮座一千年記念 歴代宮司碑

写真:御鎮座一千年記念 歴代宮司碑御鎮座一千年記念の際に代々お宮を司ってきた宮司が後世にも広く伝わるようにと、氏子崇敬者の願いにより建立。社家である田川家の歴代宮司の名が刻まれています。

満州獨立守備隊員顕彰記念碑

写真:満州獨立守備隊員顕彰記念碑昭和56年8月22日建立 満州独立守備隊員に対し顕彰の念を込めて青森県独歩会によって建てられました。

千鶴萬亀之塔

写真:千鶴萬亀之塔平成43年建立 明治百年を記念し恒久平和と将来を生きる青年等の心の糧となることを願い日本郷友連盟青森県支部が主となり建立。石碑には五箇條の御誓文が刻まれ、
題字・東久邇元宮様
第一条・佐藤栄作(第61.62.63代内閣総理大臣)
第二条・竹内俊吉(元青森県知事)
第三条・津島文治(元青森県知事・元参議院議員)
第四条・佐藤尚武(元参議院議員)
第五条・長谷川才次(時事通信社 初代代表取締役)
結文・塩沢清宣(元日本郷友連盟会長)
鶴亀の画・棟方志功(版画家)
門柱標・岸信介(第56.57代内閣総理大臣)
門柱標・荒木貞夫(元陸軍大将)
碑文・有末精三(元日本郷友連盟名誉顧問)
日本並び青森を代表する方々の直筆にて書かれています。

大鳥居・社号額

写真:大鳥居写真:社号額青森の中枢である場所に相応しい鳥居を建てる。という氏子崇敬者の篤い願いにより県内有数の規模を誇る大鳥居を建立。その社号額には永遠に語り継がれるようにと、当時の首相であった第68・69代内閣総理大臣・大平正芳の揮毫により作成されました。尚、大平正芳氏は敬虔なクリスチャンでありながら特別に廣田神社のためなればと快諾し、奉納されました。

社号標

写真:社号標明治39年9月20日建立 明治の凱旋記念として杉二千本と共に奉納され、書家・小山内暉山の教えを唯一受け継いだとされる本間覃山の揮毫による社号標です。

フォトギャラリー