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進藤庄兵衛正次翁頌徳祭が執り行われました。

令和元年7月18日に進藤庄兵衛正次翁頌徳祭(しんどうしょうべい まさつぐおきな しょうとくさい)が執り行われました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

進藤庄兵衛正次翁とは弘前藩家老を勤めながら青森城代を仰せつかった人物で、青森のまちづくりに尽力せられた一大恩人です。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

その庄兵衛は、三代藩主信義の酒乱によるお家取り潰しを、命を賭して阻止した功績から中興の祖ともいわれる四代藩主の信政に「国にも替えがたき臣也」と重宝され、藩における重要な政務を任されました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

結果、その勤勉な仕事ぶりから家老まで召し抱えられ、鬼の庄兵衛と称されながらも、分け隔てなく上を敬い下を育撫するその誠実で堅実な姿に、町の人々をはじめ藩主からも篤い信頼が寄せられていました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

町民の心の拠り所として私財を充てて建立した青森観音堂には、後に人々の報恩から進藤庄兵衛正次夫婦の木坐像が安置され、廣田神社に青森の守り神として崇めらてからはその功績を称えて御神恩を賜る頌徳祭というお祭りが斎行されるようになりました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

そうして現在では毎年7月18日に頌徳祭、7前からは前夜祭として進藤庄兵衛正次翁の神霊を鎮めた御神輿とねぶたの渡御が盛大に行われています。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

昨年の前夜祭神幸祭は残念ながら生憎の雨で中止となってしまいましたが、昨日はよい天気に恵まれ無事に執り納めることが出来ました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

進藤庄兵衛正次は外ヶ浜一円を治めていたこともあり、この頌徳祭には青森市の人だけではなく、蓬田村や外ヶ浜町からも参集して祈りが捧げられています。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

今年は参列叶いませんでしたが、この頌徳祭には御子孫である進藤家の方々にもご参列頂いて共に神恩感謝の祈りを捧げています。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

廣田神社では進藤庄兵衛正次翁頌徳祭を大祭扱いとして斎行しているため、これを以て今年の夏まつりは全て終了す。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

今年は青森ねぶた祭りにおいて、青森市役所ねぶた実行委員会さんが当神社に奉納される津軽神楽を題材にしてくださいました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

その選択には当神社御祭神である青森開拓の一代恩人、進藤庄兵衛正次をお祀りしているということも理由にあったそうです。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

青森守護神である進藤庄兵衛正次の功績を称え、青森の繁栄を願い人々の安寧を祈り拝しました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

頌徳祭では毎年神事終了後に、奉納講演ということで青森で活躍されたり縁ある方にお話しをして頂いています。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

今年は御代替りということで青森県で皇室と縁のあるお話しにしました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

現在、下北本当総鎮守の田名部神社禰宜を務め、元宮内庁掌典職出仕であった小笠原佐氏にお願いしました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

演題は「天皇陛下のお側に仕えて」ということで、普段一般の方が触れることのない、近くで感じる陛下のお姿をお話ししていただきました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

スライドや写真を使用しながら、知っているようで知らない皇居のお話しなどを楽しく面白く紹介いただきました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

新しい御代ということで、例年以上に皇室に関心を寄せる中での頷くお話しだったので45分の講演もあっという間に時間が過ぎてしまいました。

 

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

奉納講演終了後は直会となり、講師もご一緒に参加して下さいました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

昨日は一年おいての神幸祭開催となったため疲労もありましたが、それ以上に無事斎行できたことに皆さん喜んでいました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

途中、敬神会顧問の津島淳衆議院議員もお越しになられ、挨拶を頂きました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

上磯一円から来られた皆さんもゆったりと会話を楽しみながら懇談していました。

進藤庄兵衛正次翁 頌徳祭

青森の益々の繁栄と氏子崇敬者、町に住まえる人々の更なるご健勝ご多幸を祈念申し上げます。

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