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社務日誌

厄年(厄除け・厄払い)・星厄年のご案内

厄年のお祓いが続いています。

病厄除 ご祈祷

2月に入り厄年のお祓いを受けられる方も多くなり、土日などは終日ご祈祷が続いています。

病厄除 ご祈祷

平成29年の厄年・星厄年の一覧表となります。

廣田神社では1月1日から12月31日までを、その年の厄年として受付けてしています。

平成29年 厄年一覧表 ※表中の年齢は全て数え年です。

※数え歳/生まれた時に1歳と数え、以後1月1日を迎える度に1歳加えます。
「誕生日前は満年齢+2歳」「誕生日以後は満年齢+1歳」が数え歳になります。

男 性

前厄 平成 6 年 【24歳】 昭和52年【41歳】 昭和33年【60歳】

本厄 平成 5 年【25歳】 昭和51年【42歳】 昭和32年【61歳】

後厄 平成 4 年【26歳】 昭和50年【43歳】 昭和31年【62歳】

 

女 性

前厄 平成12年 【18歳】 昭和61年【32歳】 昭和57年【36歳】

本厄 平成11年【19歳】 昭和60年【33歳】 昭和56年【37歳】

後厄 平成10年【20歳】 昭和59年【34歳】 昭和55年【38歳】

 

平成29年 星厄年一覧表

平成29年 方位盤

人は生まれながらにそれぞれの星を宿しており年毎に変わりゆく星の位置によって様々な災いが起こりやすくなるといわれています。
その星の廻りがよからぬ年回りには厄年同様にお祓いを受けて健やかな日常へと戻りましょう。

※画像をクリックすると拡大してご覧になれます。

鬼門厄 【四緑木星】

平成26年、平成17年、平成8年、昭和62年、昭和53年、昭和44年、昭和35年、
昭和26年、昭和17年、昭和8年 生まれの方

病門厄 【七赤金星】

平成23年、平成14年、平成5年、昭和59年、昭和50年、昭和41年、
昭和32年、昭和23年、昭和14年、昭和5年 生まれの方

北門厄 【六白金星】

平成24年、平成15年、平成6年、昭和60年、昭和51年、昭和42年、昭和33年、
昭和24年、昭和15年、昭和6年 生まれの方

八方塞厄 【一白水星】

平成29年、平成20年、平成11年、平成2年、昭和56年、昭和47年、昭和38年、
昭和29年、昭和20年、昭和11年 生まれの方

全国唯一 病厄除け

病厄除けとは廣田神社唯一の御祈願で、病気をはじめ様々な厄や災難など、内より外より起こるあらゆる厄災を一切祓い除ける御祈願であります。

廣田神社 病厄除けの歴史

青森の歴史上最も酷いといわれる天明四年(1784)の大飢饉で、多数の死者や疫病が蔓延した際、そのあまりの惨状に徳川将軍がそれをお聞きになり江戸幕府より疫病・厄災除けとして箱入札一体、白木造御祠入の御弓二張、御矢二具を、時の代官であった笹森権蔵・佐藤忠太夫の両名宛に送付をして、外ヶ浜の産土神に奉安して息災を祈れとの命令をだしました。そのため外ヶ浜の産土神であった当神社に奉祀して祈願したところ、しばらくして、ようやく病魔を退散し大飢饉の災難を祓い除く事ができました。以後、あらゆる災難・厄・病を祓い除く”病厄除け”の守護神として広く全国より崇敬を集めるようになりました。

身代わり人形

身代わり人形と白木造箱入り特別病厄除け御神札ご祈祷前に人形(ひとがた)で自身の体を撫で、息を三回吹きかけて自らの魂を宿らせる事で人形が身代わりと災厄を受けます。
そして、その人形を白木造箱入り特別病厄除け御神札に納め奉ることにより、箱内の破魔の弓矢にて内より外より疎び込むあらゆる災いを退け祓い、お護りします。

白木造箱入り特別病厄除け御神札

病厄除け祈願された方には江戸幕府より頂いたとされる箱入りの御神札を模した、全国で廣田神社唯一特別の白木造箱入り病厄除け御神札を授与します。

病厄除祈祷授与品

初穂料
1万円からのお気持ち
病厄除け箱入り特別御神札・祈願絵馬・感謝絵馬・お守り・特別撤下饌 御神米・特別撤下饌 御神塩

正五九参り

正五九参り(しょうごくまいり)と呼ばれ、古来より何事も繰り返す事で御神力が強まるとされており、4ヶ月毎に御祈願することが正しいとされています。

参考例:(正月・5月・9月)(2月・6月・10月)(3月・7月・11月)(4月・8月・12月)

特に厄を伴う災は深いといわれ年3回の御祈願を3年間繰り返す(九重参り)ことをお奨めしております。

お問合せ

予約電話 017-776-7848

混雑時は複数組でご案内致しますので予めご了承ください。

舞姫会の稽古が行われました。

平成28年11月4日に舞姫会の稽古が行われました。

舞姫会稽古

一月の書初め以来約1か月ぶりの稽古となりました。

舞姫会稽古

残念ながら一人欠席となりましたが、みんな元気に稽古に来てくれました。

舞姫会稽古

遅れてくる予定の舞姫が多かっため先に始めの会を行いました。

舞姫会稽古

ちょうど人数も集まってきたので早速舞の稽古にうつりました。

舞姫会稽古

いつも真剣ですが、久しぶりの舞ということもあってかとても集中して緊張感がありました。

舞姫会稽古

舞のしっかりとした稽古は昨年までだったため、忘れている箇所も多いかと思っていましたが、想像以上に上手に舞えていました。

舞姫会稽古

細かいところもしっかり意識出来ていて、手先や顔の向きも気にしていました。

舞姫会稽古

途中で遅れてきた舞姫も加わりながらも舞い切りました。

舞姫会稽古

中学生の舞姫がはいると一層緊張感が増しとても良い舞になっていました。

舞姫会稽古

低学年の舞姫達も高学年を見過ぎずに、自分で覚えてきたものを堂々とやっていました。

舞姫会稽古

人数も途中で増えてきたため、若干動きが異なってきますが、その辺もしっかりと人数に合わせた舞にしていました。

舞姫会稽古

この一年で見違えるように上手になりました。

舞姫会稽古

最後の最後までしっかりと決めてきました。

舞姫会稽古

上手にできていたからこそ、より細かい部分について指導しました。

舞姫会稽古

何人かの舞姫達にお手本になってもらいながら皆に見てもらいました。

舞姫会稽古

常に自分で動いて覚えるだけではなく、見て観察してから実際に動かすことでより成長することもあります。

舞姫会稽古

一通り注意点を指導したところで、もう一度全員で舞いました。

舞姫会稽古

先程にもまして集中していました。

舞姫会稽古

確認した注意点もしっかりと気を付けている様子で意識が働いているようでした。

舞姫会稽古

久しぶりの舞にも係らず最後まで真剣に舞い続けていました。

舞姫会稽古

終了後は休憩を挟みました。

舞姫会稽古

今日も御神前にお供えされた果物を皆で手分けして準備しました。

舞姫会稽古

一か月ぶりの再開がみんな嬉しいそうで、舞の時とは打って変わりとてもにこやかに話していました。

舞姫会稽古

沢山お話がたまっていたよううで、特に中学生組はずっとお話ししていました。

舞姫会稽古

終始、笑いの絶えない休憩でした。

舞姫会稽古

みんなでお片付けをしたあとは、舞納め会で出来なかったゲームをするということで、準備ができるまで、なぜか今はやりの踊りを先生に舞姫が逆に教えていました。

舞姫会稽古

完璧な振り付けに驚きながらも楽しく交流していました。

舞姫会稽古

ゲーム担当は鈴木先生で、先ずは説明をしました。

舞姫会稽古

ゲームをとても楽しみにしてくれていたそうで、とても興味津々に聞いてくれました。

舞姫会稽古

今回は伝統のお遊びである投扇興をヒントに、扇子を飛ばしてペットボトルを倒した点数によって勝ち負けが来ますようにしました。

舞姫会稽古

うまく扇子を飛ばすのは意外と難しいようで皆苦戦していました。

舞姫会稽古

そこで急きょバールを投げるボウリング形式にしました。

舞姫会稽古

とても盛り上がり、楽しかったです。

舞姫会稽古

片付けも積極に奉仕してくれました。

舞姫会稽古

最後に今回のゲームで勝った舞姫を紹介して終了としました。

舞姫会稽古

終わりの会も立派に勤めていました。

舞姫会稽古

次回のことなど先生から連絡があり終了となりました。

舞姫会稽古

来月の稽古もまた楽しめるように考えます。

久伊豆神社の南洋神社鎮座跡地遥拝殿に参拝しました。

平成29年2月16日に埼玉県越谷鎮座、久伊豆神社の南洋神社鎮座跡地遥拝殿に参拝しました。

昨年2月にパラオ共和国にてい慰霊祭を斎行してから様々な場所でお話しさせていただく機会もあり、慰霊祭後もパラオ共和国について調べていました。

その中で、南洋群島に中心地に鎮座し最も尊い神社であった南洋神社について調べていくうちに久伊豆神社に南洋神社鎮座跡地遥拝殿という神社があることを知り参拝させていただくことになりました。

久伊豆神社 南洋神社鎮座跡地遥拝殿

大変忙しい中にも関わらず、宮司さん直々にお話しをしてくださり、南洋神社だけではなくパラオ共和国と日本との関係など様々教えて頂きました。

久伊豆神社 南洋神社鎮座跡地遥拝殿

こちらの南洋神社鎮座跡地遥拝殿は久伊豆神社本殿う斜め後方に鎮座しています。

以下、久伊豆神社ホームページから説明の転載です。

南洋神社は、南洋群島の中心地パラオ(現パラオ共和国のコロール島)に昭和15年2月11日、皇紀2600年に際して、昭和天皇の格別の思し召しにより創立された神社です。その御祭神を「皇祖天照大神」一座とする官幣大社であり、我々神社人が「本宗」と仰ぐ伊勢の神宮の「南洋における分社」ともいうべき神社です。その後、昭和20年8月の終戦によって、御社殿は御焚き上げとなり、神社の祭祀は終結、社殿跡地が残るのみとなりました。しかし、創立以来、南洋の地で開拓・入植に励んだ方々が、また戦時下、アジアの解放と大東亜共栄圏の実現を信じて、遥か遠く故郷を離れて南方の戦地へと赴いた部隊・兵士たちが篤い祈りと誓いを捧げられた事実は永遠に消滅するものではありません。 伊勢の神宮と旧南洋神社との御神縁・御神慮を拝し、神宮当局の御指導・御協力を賜って平成16年4月11日久伊豆神社境内に「旧官幣大社南洋神社鎮座跡地遥拝殿」を建立いたしました。この遥拝殿は、氏子・崇敬者共々遥かに、幾多の兵士の最期の祈りと誓いをお受けになった大神様の御霊を和め、遠く故国を離れた南洋の地に散華された英霊への感謝と慰霊・鎮魂、功績顕彰の誠を致す御殿です。

久伊豆神社 南洋神社鎮座跡地遥拝殿

とても立派な社殿で荘厳な雰囲気の中、玉串を奉り拝礼させていただきました。

こちらの社殿では宮司さんの御子息である権禰宜さんがご案内してださいました。

久伊豆神社 南洋神社鎮座跡地遥拝殿

今月2月28日から3月5日まで再び慰霊祭と南洋神社についての調査でパラオ共和国に渡りますが、沢山の手がかりを得ることができました。

何故、パラオ共和国に南洋一の大社が創建され、今は廃祀されてしまっているのか、しっかりと調べて沢山の方に報告する機会をつくりたいと思います。

久伊豆神社宮司様ありがとうございました。

久伊豆神社HP・・・http://www.hisaizujinja.jp/

ラインメール青森FCキックオフパーティーに出席しました。

平成29年2月16日にラインメール青森FCキックオフパーティーに招待いただき出席しました。

先日、来シーズンの必勝祈願を終えて関係者が集う、決起集会ともなるキックオフパーティーにご招待いただきました。

ラインメール青森FC キックオフパーティー

ラインメール青森FCの運営者、監督、選手だけではなく、スポンサーやファンの方なども沢山集まっていました。

昨シーズンの報告や、これからの目標などが宣言され、関係者からの挨拶も述べられていました。

ラインメール青森FC キックオフパーティー

初参戦したJFL(日本フットボール)での好成績に、とても賑わい更なる成績の期待でお話しが湧いていました。

今シーズンの目標はベスト4ということで、青森市民一体となって応援していきたいと思います。

ぜひ、試合場に赴いて応援しましょう。

ラインメール青森FC・・・http://reinmeer-aomori.jp/

書道の稽古が行われました。

平成29年2月16日の夕方より恒例の書道稽古が行われました。

今回の楷書は「溝江」という字です。

書道稽古

「溝」が複雑な字に対して「江」が画数が少ない字のため、上下のバランスが難しい字でした。

書道稽古

新しい課題になりましたが、今回も崩した文字となり、これまでの楷書とはまた違った難しさに苦戦しました。

それでも、厄年祈願で忙しい中にあって、こうして筆を走らせる時間は心を静にさせるとても良い時間です。

 

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