常に近くにいるということ。
2011.7.11 -[社務日誌]
6月19、20日に行われた例大祭、前夜祭の話です。
社務日誌でも紹介した通り、前夜祭においては毎年夜店と共に幾つかの奉納演芸をしていただいております。
ここ数年ではねぶた囃子演奏、消防団まとい振り、津軽三味線が恒例となり、多くの方を楽しませると共に廣田大神様へ捧げております。
そのような中、23年度はねぶた囃子と高校生によるバンド演奏で、まとい振りや津軽三味線はありませんでした。
前夜祭は17時斎行ですので18時前には祭典が終了し、まもなくして奉納演芸が開始されます。そこで、私、現宮司も参列者の方と直会をした後、外へ出て奉納演芸を楽しみます。
この時期になると、19時頃までは明るく、徐々に奉納演芸の始まりと共に空は暗くなってゆきます。
すると、いつも三味線を演奏される方が、急遽予定をつけて頂き、演奏をしていただけることとなりました。この方は氏子でもあり、ご本人はもちろん、お母様とも普段より面識はありました。
私も、前夜祭の風物詩となる津軽三味線演奏を宮司になる前からよく聴いており、一昨年亡くなった先代宮司もよく楽しみに聴いておりました。
そこで、他の演芸が終わり、そのまま続けて演奏をしていただきました。
力強い津軽三味線の演奏も終わり始めた頃、突然、顔に大きな涙を浮かべながら私を訪ねる方がおり、提灯灯りの中、よく見ると三味線演奏者のお母様でありました。
驚きながらも、話を伺うと、
『夜店に大勢来ている人々の中でふと気になる人が目に入ったが、勘違いだろうと思い、最初は気に留めなかったのですが、もう一度同じように何かが気になり、まさかと思い、目を凝らしてみると、亡くなった先代の宮司さんが息子の三味線の演奏を聴いてました・・・』
と涙ながらに話しながら、何度も何度もこれまでの感謝の言葉を私にかけていました。
つい、私も感極まりそうになりましたが、胸の奥でそっとこらえ、そのお母様としばらく先代の思い出話をしました。
私達が存在する世界も死後の御霊の行く先も、次元の違う隔離された世界ではなく、神の世界であっても我々と同じように様々な営みがあり、同じように存在し、その世界の距離は決して遠いものではありません。
八百万の神が作り出す、恵みと畏怖する自然が常に近くにあるように、御祖神として召される故人の御霊もまた、私達の近くに存在しているのです。
ですから、お天道様、ご先祖様は常に私達を守り見て居られるので、日々、浄く明るく正しく直く生活をし、今を大切にしていかなければなりません。
常に近くにいること。それは手を合わせ祈りを捧げることで幸せになれる確かな一歩なのです。