東日本大震災復興支援沿岸部神社再建事業視察研修に参加しました。
2014.4.18 -[社務日誌]
仙台総鎮守、大崎八幡宮主催の東日本大震災復興支援沿岸部神社再建事業視察研修に参加してきました。
昨年の東青支部神宮大麻・暦頒布始祭の総代研修に於いて大崎八幡宮の小野目宮司さんに講演して頂いたご縁から今回ご案内を頂きました。
小野目宮司さんは自身が奉仕する大崎八幡宮が被災したにも関わらず、各被災地へボランティアに出向きながら、被災神社の再建にも精力的に活動されている方で、今回はその神社の現状を視察する目的で開催されました。
当神社でも微力ながら震災直後から安鎮復興祈願祭を毎朝欠かさず執り行っている事もあり、実際に参拝してどのような状態に現在なっているのかを知るために宮司が参加しました。
18日早朝に宮城県内外より合わせて40名程の参加者が大崎八幡宮へ集合し、修祓を受けて出発となりました。
先ずは雄勝町に向いましたが、その道中、同行した大崎八幡宮の神職さんが石巻市立大川小学校の出身という事で、多くの生徒が亡くなった大川小学校の前を通りった際に被災直後の状況等を説明頂きました。
その後は雄勝町の「こ屋街」に寄って見学し、今回の目的地でもある白銀神社へ向かいました。
途中、白銀神社宮司さんの本務神社である葉山神社に寄り、再建へ向けた現状のお話を小野目宮司さんより教えて頂きました。
葉山神社が鎮座する雄勝町は多くの氏子がいなくなってしまいましたが、心の拠り所として神社の再建を果たしたいという宮司さんの篤い思いから相談を受け、再建へ向けて尽力しているそうです。
白銀神社は断崖絶壁の岬に建っている神社ですが、被災前の大祭では大きな神輿の御神幸が氏子等で行われ、無形重要文化財にも指定されている法印神楽が奉納されていたそうです。
しかし、白銀神社自体は地震による大きな被害はなかったそうなのですが、その氏子区域にあたる町が壊滅的な被害に遭い大祭が断絶してしまったそうです。
そこで残った氏子等の篤い思いで数年前に大祭の復興がなされ、今年はボランティアの協力を得て行われるということで神楽の参観をさせて頂きました。
本来は港に御旅所のような場所があり、そこで神事が行われていたそうなのですが、被災してしまったため、現在は山にある公民館のような場所に仮屋を作り行っていました。
巨大な神輿を担ぐ勇壮な様は心が躍り、氏子の気持ちが一体となっている様子が見てとれました。
また、法印神楽も継承問題に直面しながらも連綿と保持してきた、その伝統の重みが滲み出る、厳粛でありながらユーモアのある舞に見とれてしまいました。
決して、将来が見えている現状ではありませんが、お祭りを通して人々の心が深くつながっている事を教えて頂いた大変すばらしいものでした。
最後に女川町に向かい、バスからその現状を眺めながら各神社の状況を説明してもらい、最終的には石巻市内を通り帰路につきました。
どの場所も一見被災したことがわからない程復興が進んでいましたが、当時の悲惨な状況や、現状の見えない部分の問題などを教えて頂くと、神社の再建だけではなく町そのものが今後どうしていくべきなのかということが、近々にしっかりと考えていかなければならない深い問題があることがわかりました。
今回の視察を通して復興とは一体何なのかと考えらせられると共に、人々の絆を育む大きな役割というものが神社にあるという再建意義の重要さがわかりました。
いずれにしましても、風化され始めている現在、世代を超えた復興支援が継続されるよう、しっかりと現状を把握し、必要な支援をしていかなければならないと強く感じました。
御霊安らかに、被災された方々の一刻も早い復興がされることをお祈り申し上げます。