進藤庄兵衛正次翁頌徳祭の神幸祭(御神輿・ねぶた渡御)を執り行いました。
2014.7.17 -[社務日誌]
進藤庄兵衛正次翁頌徳祭の神幸祭(御神輿・ねぶた渡御)を執り行いました。
毎年、青森開拓の一大恩人の遺徳を称える進藤庄兵衛正次翁頌徳祭が7月18日に行われていますが、今年は生誕400年の記念大祭という事で、2年前から前夜祭として神幸祭が行われるようになりました。
前夜祭並び神入祭 (頌徳祭を執り行う奉告と御神輿に御霊代をお遷しする祭り)
御神輿に遷られてお出ましを戴き、自ら開拓した青森の街が今どのようになっているかをご覧いただきながら氏子崇敬者へ御神徳を授けていただくために生誕400年を記念して神幸祭を行うことにしました。
数百年前まで廣田神社では海近辺に御旅所を作り、昼夜を通して盛大に御神輿が渡御する神幸祭が行われていたそうですが、飢饉などの度重なる災害でいつしか途切れてしまったそうです。
ですから、数年続けて御神輿の渡御が行われるのは恐らく、数百年ぶりになります。
発輿祭並び参社 (出発するためのお祭りと参列者全員にて拝礼する神事)
役員総代他、各協力団体の代表等が参列してまずは前夜祭並び神入祭が厳粛に行われました。
神事中、明かり全て消して本殿より御神輿へ御霊代をお遷しする際には一層の張り詰めた空気となり、参列者一同緊張の面持ちで参列していました。
終了後、境内にて発輿祭が行われますが、夜の帳が降りはじめる時間となり、薄暗くなる神妙な雰囲気の中、参列者全員にて行われました。
長島小学校や古川小学校の子供等に声を掛けているため、多くの子供や保護者も集まりました。
渡御 (御神輿やねぶたが氏子区域を練り歩く神事)
渡御は長島地区周辺を約1時間程練り歩く順路になっていますが、夜でもまだまだ蒸し暑く、歩いているだけで汗が噴き出してきました。
囃子はいつもお世話になっている「龍鼓会(消防二分団・アサヒビール)」に努めて頂き、8月のねぶたさながらの素晴らしく豪快な音色が響き渡りました。
権現様と呼ばれる獅子頭も数十年ぶりに復活させ、道中、お花(奉納金)を納めて頂いた方には神職が祓った後、権現様が頭を咬んで無病息災の祈願をして回りました。
老若男女ともに権現様は大人気で、喜んで咬まれる方、怖くて泣いてしまう赤ちゃん等、あちこちに回っていました。
先頭には個人でねぶたを作り、毎年正月に干支ねぶたを奉納して頂いている穴水行憲さんのねぶたを、長島おやじの会関係の方々が引っ張りました。
後に付く古川地域ねぶたも小回りが効くため、縦横無尽に駆け回り、沿道の人々を楽しませていました。
昨年から天狗面で先導する導きの神様である猿田彦に加え、今回は総代4人の方に裃を着けて渡御に参列しました。
普段見たことのない、一文字の笠を被った裃姿に沿道も驚き、いろんな方に声を掛けられ、忙しそうにしていました。
3年目ということもあり、徐々に知られてきたのか、沿道の方も年毎に多くなっています。
子供達も張り切って声を出したり、跳ねたりして、大いに楽しんでいました。
無事、怪我事故することなく、氏子区域を渡御する事が出来ました。
宮帰り(無事神社へ戻った事を全員にて拝礼して奉告する神事)
最後は全員にて御神輿へ向けて拝礼しますが、子供達も徐々に神事の雰囲気を感じてきたのか、静かになり、一緒に拝礼することが出来ました。
ここで、子供達は神様のお下がりのお菓子の詰合せを授けて終了となります。
今年は柳谷仕出し店さんがお菓子を奉納して下さり、用意したものに加えて沢山のお下がりとなり、皆さん非常に喜んでいました。
神出祭 (御神輿にお遷しした御霊代を本殿にお遷りになるお祭り)
神入祭同様に、各団体の代表の方には集まって頂き大神様に本殿へとお帰りいただく神事を執り行いました。
終了後は花もちで奉納した方に授けている御神札と記念タオルを渡して全て終了となりました。
小直会 (神人供食という考えのもと神様へお供えされた御神酒などを頂戴する神事)
最後はお神酒を頂戴しながら境内にシートを敷いて夜風で汗をぬぐいながら楽しく懇談しました。
まだまだ氏子区域は広いため、徐々に年数を掛けてすべての氏子区域を渡御できるようにしたいと思います。
皆様お疲れ様でした。